朝、布団の隙間から吹き込んでくる冷めた空気が、皮膚の上をぴりぴりと通っていくので目が覚めた。南向きに切り取られた窓の向こうでは、朝靄で太陽の光がぼんやりとしか映らない。その中から、朝練なのか、もう学校へ行く子どもの声や、玄関を掃くおばさんの声がはっきり聞こえる。正直うるさい。せっかくの朝の情景が台無しだ。
それをかき消すように、大きな音を立ててベッドから起き上がった。壁にかけてある制服に目をやる。スカートのプリーツが腰の部分で皺になってしまっているのが目に付いた。学校へ行く前にアイロンをかけなくちゃ。生徒指導の先生たちが玄関にでも立っていたら、後々うるさくなる。あいつらの視力はいったいいくつだよ。もうすぐ老眼のくせに、そんなとこばっか衰えをしらないらしい。あとは性欲くらいか。教師の目が体の輪郭を追っていることに、あたしたちが気づいていないとでも思ってるのだろうか。
でも、あたしたちは訴える手段も場所もない。そんなことをしても得しないことはわかっている。あたしたちの武器は若い笑顔と、無邪気な甘えだ。そして程よい知性。バカっぽいことが大事で、ホントのバカではどうしようもない。
「杏奈ちゃん、起きたの?」
リビングから母親の声がしたので、はーいと返事をしてすぐに降りた。今日の朝ごはんはパリジャン。以前「フランスパンとパリジャンはどう違うのか」と母親に訊いたら、
「パリジャンの方がおいしいじゃない。フランスパンなんてダメよ」
と言っていたが、どっちもおいしいと思う。母親だってどっちの方がうまいかなんてわかってないのだ。だって前におつかいでパリジャンを頼まれたとき、細めのフランスパンをこっそり買ってったのにわかってなかった。そういう女なのだ。
パリジャンを齧ると、外がパリパリして中がふんわりと口の中で溶けていった。まわりばかり硬くて、中はスカスカ。こんなもんか、と思ってミルクを飲み干す。母親はあたしの一連の動作を、前に座って逐一見ていた。
少し早いけど、学校へ行こうと思って立ち上がると、リビングのドアが開いて父親が入ってきた。