愛執染着


ミルクティー

父親はリビングに入ってくるなり、
「なんだまだいるのか。学校はどうした」
と、パリジャンを齧っていたあたしを見て言った。
「まだ八時前だよ」
「朝練あるんじゃないのか」
「もうとっくに辞めた」
あたしが部活を辞めたのなんて去年のことだ。今まで気づかないでいたという事実に、ある意味のすごさを感じる。
すると父親は顔の皺ひとつ動かさずに「そうか」とだけ言った。そのときの口角がいつもより少しだけ上がっていた気がした。
「これで落ち着いて勉強できるもの。あんなものがんばったって、全国レベルじゃなきゃどうにもつぶしが効かないじゃない」
チッと舌打ちしたいのを、ミルクティーのカップに隠してあたしは言った。母親が時間ぴったりに淹れたミルクティーは、濃さも甘さもあたしの好みに恐いくらいぴったりだ。このひとは、どこまであたしを知っているんだろう。
「みんなわかってないのよね」
なんだか寒気がしてあわててミルクティーを飲み干すと、底には漉しきれなかった紅茶の葉がたまっていた。
「お前はわかってるんだから、それでいいじゃないか。それでこそ杏奈だよ」
テーブルには、これまた時間ぴったりに淹れられたコーヒーが置いてある。父親はそれをぐっと飲み込んだ。喉仏が大きくうねって、生きてるって感じがした。不気味なくらい力強く。
「結城にも少しは見習ってほしいものだがな」
「ほら杏奈ちゃん、もう時間よ」
そこで、ずっとおとなしくあたしと父親のやりとりを見ていた母親が立ち上がり、父親のことばを遮った形になってあたしを急かした。あたしはちょうど良かったと、満面の笑みをふたりに振りまいて席を立った。玄関を出る背中から、なにやら押し殺した話し声がぞわぞわと漏れてくるのを無視して。

外は晩秋らしい真っ白な空気がほわほわ漂っているのに、鏡に反射したような明るさに満ちていて、たとえ服を脱いでもあったかいような気がした。ミルクティーを飲んだのに、喉は異常にカラカラだった。前を歩く女子高生のスカートは、もう冬になるっていうのに中が見えそうなくらい短かった。玄関を掃くおばさんのエプロンは、春の頃から変わっていなかった。
なんだか、何もかもがちぐはぐだ。

学校へ行く途中でコンビニにでも寄っていこうかと思っていたら、ケイタイがけたたましい音を立て始めた。
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# by you-lily | 2005-12-05 21:31 | 本体


1 パリジャン

朝、布団の隙間から吹き込んでくる冷めた空気が、皮膚の上をぴりぴりと通っていくので目が覚めた。南向きに切り取られた窓の向こうでは、朝靄で太陽の光がぼんやりとしか映らない。その中から、朝練なのか、もう学校へ行く子どもの声や、玄関を掃くおばさんの声がはっきり聞こえる。正直うるさい。せっかくの朝の情景が台無しだ。

それをかき消すように、大きな音を立ててベッドから起き上がった。壁にかけてある制服に目をやる。スカートのプリーツが腰の部分で皺になってしまっているのが目に付いた。学校へ行く前にアイロンをかけなくちゃ。生徒指導の先生たちが玄関にでも立っていたら、後々うるさくなる。あいつらの視力はいったいいくつだよ。もうすぐ老眼のくせに、そんなとこばっか衰えをしらないらしい。あとは性欲くらいか。教師の目が体の輪郭を追っていることに、あたしたちが気づいていないとでも思ってるのだろうか。

でも、あたしたちは訴える手段も場所もない。そんなことをしても得しないことはわかっている。あたしたちの武器は若い笑顔と、無邪気な甘えだ。そして程よい知性。バカっぽいことが大事で、ホントのバカではどうしようもない。

「杏奈ちゃん、起きたの?」

リビングから母親の声がしたので、はーいと返事をしてすぐに降りた。今日の朝ごはんはパリジャン。以前「フランスパンとパリジャンはどう違うのか」と母親に訊いたら、
「パリジャンの方がおいしいじゃない。フランスパンなんてダメよ」
と言っていたが、どっちもおいしいと思う。母親だってどっちの方がうまいかなんてわかってないのだ。だって前におつかいでパリジャンを頼まれたとき、細めのフランスパンをこっそり買ってったのにわかってなかった。そういう女なのだ。

パリジャンを齧ると、外がパリパリして中がふんわりと口の中で溶けていった。まわりばかり硬くて、中はスカスカ。こんなもんか、と思ってミルクを飲み干す。母親はあたしの一連の動作を、前に座って逐一見ていた。

少し早いけど、学校へ行こうと思って立ち上がると、リビングのドアが開いて父親が入ってきた。
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# by you-lily | 2005-12-03 01:13 | 本体


素っ裸

「人肌恋しい」


空から吹き込んでいた木々の青臭いにおいがなくなり、外を出歩くのにもう一枚上着がほしい季節になると、どこからともなくこのことばが聞こえてくる。言っているのは、おそらく20代から30代のひとたちだと思う。異性と接するのが手をつなぐだけとか、ついばむようなキスだけという年齢ではわからない、ゆるゆるとしたぬくみを人肌と言う。

それは底なし沼のように深くて危険だ。一度足を突っ込んでしまったら、底にある湧き出し口に向かってずぶずぶ沈んで抜け出せなくなってしまう。「恋しい」なんて口に出すひとたちは、この沼に浸かりきっているのだろう。自分にも流れているはずなのに、触れてみるとまるで全く別の生き物に生まれつき与えられたもののように思えてしまう、素晴らしくなめらかな温度と湿り気の中に、恋だとか愛だとか信頼だとか、もっと言うならこの世でたったひとつのものが詰まっているように感じている。同じことを考えているひとが何億人もいるという当然の論理が彼らには通じない。何にも代えられないと思い込み、恥ずかしくも人様の前ですら「恋しい」などと口走ってしまう。

沼の水を乾かしてしまえばこんなにラクなのに。最初からからっぽなら、沈むことも、触れられなくて泣くこともない。
もしくは、どの水でも満たされることには変わらないことに気づけばいいのだ。

誰でもいい。このひび割れに、泥臭い水をひたひたと浸してくれないだろうか。
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# by you-lily | 2005-12-02 03:35 | お始め


始めてみた。

約一年ぶりですが。書き溜めていなくて、その日その日の気ままな更新ですが、どうかお付き合いを。

日記形式で書くのは初めてなので、どういう感じになるかよくわかりませんが、書き直しできないっていうのは怖いですねー。
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# by you-lily | 2005-12-02 03:06

    

「あいしゅうぜんちゃく」小説ですよ。日記っぽいけど。
by you-lily
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